小池康壽の京都探訪 |
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| 以前のガイド記事「家相と風水の違い」でもお話したように、風水とは、住居や墓、都市などをつくる場所を選定する術であります。大地のエネルギーである「気」の流れが集まるところ、さらに、その「気」を運ぶ風の流れ、水の流れのあるところが、風水では古来より良い地とされてきました。もっと具体的にいえば、「気」を発する山々に四方を囲まれ、風通しよく、川の流れのある場所のことです。そのような場所に家や墓、都市などをつくり、大地のエネルギーを受けることによって、家や一族、都市の繁栄と安泰を得ることができると考えられていたのです。 京都はまさに、その風水上良い地であり、風水の思想を取り入れて平安京がつくられたことは、ご存知の方も多いことでしょう。京都の北には貴船山、船岡山があり、東には大文字山、西には嵐山、南へ下れば甘南備山があります。これらの山々から「気」が発せられ、鴨川、桂川という東西の流れによって「気」が運ばれる…。京の都はこうして、現在まで栄えてきたということでしょうか。 ![]() 御所南門 そしてその最良の地に、京都御所が建てられています。ここで、京都御所について少しご説明をさせていただきます。京都御所は、南北朝時代の光厳天皇が、元弘元年(1331)に里内裏だった土御門東洞院殿を皇居と定めたものだそうです。以後、信長、秀吉、家康らによって修理、造営が行われましたが、焼失をたびたび繰り返しました。現在の建物は総奉行・松平定信によって、安政2年(1855)に再現されたものだそうです。 敷地内には、平安朝様式を模した紫宸殿(ししんでん)や清涼殿(せいりょうでん)、常御殿、小御所等があり、庭園は宮中の庭にふさわしい趣きを見せているとのこと。現在では、御所の周囲の公園は環境庁が管理し、御所は宮内庁が管理しています。御所内部を見学するには、事前に宮内庁に申請が要りますが、私もまた機会があれば、そのときはぜひ、内部も見学したいと思います。 ![]() 京都御苑資料室 御所模型 実は、今回京都御所を訪れた目的は、建物の外部を見たかったからなのです。御所の周りをぐるっと取り囲む「築地塀(ついじべい)」。ここに、家相学的な観点からみると非常におもしろい場所があるのです。それは築地塀の北東の角、つまり、御所の鬼門にあたる場所ですが、この北東の角だけ、写真のように築地塀がわざと凹ませてあるのです。北東の角をなくす=鬼門をなくすという「鬼門除け」のようですが、逆にこの凹みが、災いの現場となってしまったのです。 ![]() 猿が辻 ![]() *写真 左:築地塀南西角 右:東南角 左:築地塀北東角 右:北西角 文久3年5月20日この場所で尊王攘夷派の公家、姉小路公知(あねがこうじきんとも)が、薩摩藩の手によって暗殺されたという史実があります。今でこそ、このように見通しのきく場所ですが、当時は御所の周りにも家が建ち並んでいたとのこと、鬼門除けの凹みは、死角になりやすかったのでしょうか。現代でも、むやみに「張り」や「欠け」をつくることは、建物に死角となる場所をつくり、防犯上望ましいことではありません。北東の築地塀にこの凹みがなかったら、歴史は変わっていたのかもしれませんね。 ところで、この凹んだ北東の角には、「猿ヶ辻」というおもしろい名前が付けられています。その由来は、この塀の上の屋根の妻入り部分に、烏帽子をかぶり、御弊をかついだ猿の彫刻があるからだそうです。御所の鬼門を守るために彫られた猿ですが、夜になると辺りを徘徊し、いたずらを繰り返すため、金網を張って閉じ込められたという言い伝えもあるそうです。 しかし、「なぜ猿なんだ?」と思われる方も多いでしょうね。この猿ヶ辻だけでなく、猿ヶ辻からさらに北東 の方向にある「幸神社(さいわいのかみのやしろ)」や、「赤山禅院(せきざんぜんいん)」にも、鬼門守護の猿が祭られているのだそうです。この「鬼門」と「猿」の因果関係は、以前の記事「家相の正体」シリーズでご紹介した「陰陽五行説」に見ることができます。陰陽五行説では、すべてのものを「木・火・土・金・水」の五行に分けました。方角、季節、色…、そして十二支も。十二支のうち、鬼門の北東に配されるのは丑(うし)と寅(とら)です。丑(牛)の角と寅(虎)の縞模様が、鬼のイメージを作り上げたとも言われています。あの昔話の桃太郎が、お供に犬(戌)、猿(申)、きじ(酉)を連れて行ったのも、丑寅の方角の反対にいる干支を連れて行くことで、鬼退治を有利に運ぼうとしたのだという説もあるのです。中でも猿(申)は、北東とは正反対の南西の方角に配されていますから、鬼門に訪れる災いをやっつけるには、もってこいの動物といえるのかもしれません。あの猿が辻の猿も、おそらくこのような意味合いから、御所の鬼門を守ってきたのだと思います。 家相や風水は、今日までの長い歴史の中で、さまざまな建物や都市の形成に取り入れられてきました。時代を経て、こうしてその名残りを目にすると、家相や風水が人々の暮らしに深くかかわってきたことがわかります。いつの時代も、健康で幸せに暮らしたいという願いは同じなのです。 小池康壽がご案内した京都、いかがでしたか? 秋は京都を散策するにはもってこいの季節です。山々が色づき出したら、また出かけてみたいと思います。 |
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2005 家相研究家 小池康壽
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