鬼門は泥棒を呼ぶ方位だ

表鬼門が「災いを呼ぶ方角」として忌み嫌われ、恐れられるようになったいわれは、実は、古代中国の人々が受けた盗難・殺戮の史実が理由のひとつであったこと、おわかりいただけたと思います。それから何千年も経った今、匈奴(きょうど)のような騎馬民族による襲撃の心配はないものの、やはり、盗難などの災いを招きやすい場所は、現代でも「鬼門」と考えてよいのではないでしょうか。

下のCG画像は、皆さんのお近くにあるような住宅地を想定して作ったものです。今回はこのCGを使って、どんな場所が泥棒に狙われやすい場所か考えて見てみましょう(画像中の、ブルーのシャツの人物が「泥棒」です)。


以下の画像は、泥棒が狙いをつけた家の侵入しようとする場所から、周囲を見た時の状況を想定しています。皆さんも、泥棒の気持ちになって見てください。

<泥棒が北東から見た場合>

泥棒は、狙いをつけた家の北東から東側あたりに立っています。この家の北東にある勝手口から侵入しようと、警戒して周囲を見渡している状況を想定しています。この状況で泥棒が気にかかるのは隣の家の窓ですが、ここは隣の家では西側にあたりますので、西日を防ぐため窓の数も少なく、またガラス面積も小さくしてあります。その点からいえば、隣の家からは見られにくい場所です。また周囲の状況にもよりますが、家の北東部分は日陰になりやすく、泥棒の心理からすると行動をおこしやすい場所ともいえるでしょう。昔から、泥棒も「お天道様にはかなわない」とよくいわれます。現実に泥棒が侵入する時間帯は警視庁の統計でも早朝が多いのです。その意味でも隣の家の日陰になり、お天道様にみつからない場所ですね。

<泥棒が西から見た場合>

泥棒は、狙いをつけた家の西側から北西あたりに立っています。侵入する前に警戒して周囲を見渡しています。ここは隣の家では東側にあたるため、より日光を取り入れようと窓が多く取られています。また東側は、リビングなど人が居ることの多い部屋になっている場合が多く、隣の家の人から見られやすい状況といえるでしょう。侵入しようとする家はもちろんですが、隣の家にも神経を使わなければならず、泥棒は行動をおこしにくい場所と考えられます。

<泥棒が北から見た場合>

泥棒は、狙いをつけた家の北側あたりに立って、警戒のため周囲を見渡しています。ここは周囲の家の南側にあたるため、ガラス面積の大きい窓が多くあります。家の南側にはリビングや庭、ベランダなどがあり、泥棒にとっては、周囲の人の目が非常に気になる場所となります。それゆえ、なかなか行動をおこしにくい場所であると考えられます。

<泥棒が南から見た場合>

泥棒は、狙いをつけた家の南側に立って、警戒して周囲を見渡しています。ここからは周囲の家の北側が見えます。北側には、浴室や洗面所・トイレなどがあることが多く、風通しのため窓はそこそこあるものの、周囲からの視線を遮るため、ガラス面積が小さくしてあることがほとんどです。また、磨りガラスや面格子などが取りつけられているため、泥棒にとっては比較的人の目が気にならない、侵入がしやすい場所といえるでしょう。

以上のように泥棒の気持ちになって見てみると、やはり、周囲から見られにくい場所が一番の狙い目だといえるでしょう(CGでは外構のフェンスや樹木などがありませんから、実際にはもっと見られにくい状況が生まれるでしょう。)

今回のようなケースでは、北東や東側、そして意外にも南側も注意しなければならない開口部となるでしょう。家の南側の場合、敷地内に侵入さえしてしまえば、あとは行動しやすい場所ですから逆に要注意ですね。南道路に面して、玄関が南にある場合でも、賢い泥棒は訪問者を装いドアから侵入してきます。

さまざまな状況により判断しなければなりませんが、とにかく周囲から見られにくい場所は泥棒などに狙われやすいと考えて、十分な配慮や工夫をすることが大切です。防犯カメラ、番犬、防犯センサー、防犯ライト、面格子や2重ロックなど、対策の方法はいろいろあります。また、明らかに留守とわかるような状況も作らないことです。日が落ちても洗濯物や布団を干しっぱなしにしたり、新聞受けに新聞をためこんだりするのはまずいでしょう。泥棒は臆病な人間が多く、ちょっとした音でも嫌います。家の周りに玉砂利を敷くことで、誰かが通れば足音が大きく聞こえる、こんなことも対策の1つなのです。

泥棒に1度入られると、人間は精神的にも大きな被害を受け、なかなか寝つけなくなったり、落ち着いて生活ができなくなったりすると言われます。物を盗まれるだけでなく、場合によっては命をも奪われる昨今の世の中です。家を建てる際は、「防犯対策」もしっかり考慮してください。これは家相上も非常に重要なことなのです。「災い」を招かないように鬼門除けの御札を貼るくらいなら、防犯対策をしっかり行うべきでしょう。

泥棒を鬼にたとえるなら、現代では、もはや「どこでも鬼門」というべきでしょうね。

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